2010/11/24

パリミキ日本橋本店のこと

パリミキ日本橋本店から、店舗改装の案内状を受け取りました。

この店でメガネを買ったのは、もう何年も前になります。
たまたま勤務先の近くにあったので入った店でしたが、驚いたのは接客マナーが非常にしっかりしていること。
言葉遣い、こちらの要望の聞き取り、レンズの度を合わせる際のやりとりのきめ細かい気遣い、店を出るときは入り口まで付き添い、深々をお辞儀をして送り出し。これらの全ての言動が、非常に洗練されていて、単にメガネを売っている店のつもりで入ったのに、宛ら高級ホテルに来たような感覚。

後から知ったのですが、その時に応対してくださったのは、店長。
店長ならそれぐらいできて当然という考えもあるかもしれませんが、別の機会に別の店員の応対を受けたところ、ほぼ同じレベルの応対ができていました。
よほど社員教育がしっかりしているのでしょう。

統制が取れていない小売店で、店員によって言ってることが違ったり、営業担当に頼んだことが技術担当に伝わってないことから、不快感を感じることはままあります。
逆に、店員が変わっても一貫性のある接客ができている店は、それ自体がブランドを生むことになります。

次に眼鏡を変えるときは、またこの店に行こうと思います。

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2008/08/14

「理に適う」 塩沼亮潤阿闍梨と茂木健一郎氏の対談 その2

では「理に適う」とは何だろうか。

一般的に「理に適う」というのを「合理的」という意味と同じように使っている人が多いように思う。
しかし、この2つの言葉は意味が違う。

「合理的」とは、「合理化」のように、能率を上げるために無駄を省くことを指したり、心理学で言う「合理化」のように、理由付けして行為を正当化することを指したりする。
また、哲学で言うところの「合理主義」は、感覚を介した経験に由来する認識に信を置かず、生得的・明証的な原理から導き出された理性的認識だけを真の認識とする。(出所 デジタル大辞泉)

「理」は、「田」と「土」から成る「里」が筋目を付けた土地を意味し、「王」偏は「玉」、「玉」は宝石を意味する。つまり、宝石の表面に透けて見える筋目を意味する漢字であり、そこから筋目を付けること、ことわり、物事の筋道、条理、道理を意味する。(出所 漢字源)

つまり「理に適う」とは、こうした道理、条理に沿っている状態を指し、「合理的」よりは、もっと素直な感性を必要とするものだと思う。補足すると、ここで言う「素直」は、盲目的な服従ではなく、自分の感性に従うという意味で使っている。


塩沼阿闍梨が言う「理に適う」というのも、このような道理、条理に沿っている状態を意味するのではないだろうか。
敢えて言い換えるなら、理に生かされている自分があり、自分を生かしてくれている理を感じて、理に素直になることを意味しているのではないかと思う。

人生生涯小僧のこころ 塩沼亮潤 著

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2008/08/13

「理に適う」 塩沼亮潤阿闍梨と茂木健一郎氏の対談 その1

「人生生涯小僧のこころ」という本が出版されている。
著者は宮城県の慈眼寺住職、塩沼亮潤氏。
昭和43年生まれと言うから今年40歳という仏教界では若手の部類に入るのではないかという年齢だが、奈良県吉野山の金峯山寺1300年の歴史の中で2人目となる、大峯千日回峰行という行を満行した大阿闍梨だ。


月刊致知の9月号に、この塩沼大阿闍梨と、脳科学者の茂木健一郎氏の対談が記されていた。

いくつか興味深い対話がなされているのだが、印象に残ったことを一つだけ記しておく。
それは、塩沼阿闍梨が、「理に適う」という言葉を三度使っていることだ。


〜〜〜
茂木

ではやはり、行に入る前に本人も周囲も「できるかどうか」を見極めてから始められている訳ですね。
私の専門である脳科学の見地からも、この「見極め」というのは実に興味深いことです。一般社会では勉強にしろ仕事にしろ、どのくらい頑張れるかという限界を皆で探り合っているところがあって、「健康のためにはあまり無理をしないようにしましょう」ということが多いですよね。
ところが行の世界は、医学的常識から見れば「無理」としかいいようのないことを前提としている。(中略)
志さえしっかりしていれば体力的にもここまではできるという見極めは、どこにあるのでしょうか。古の人がされていたということですか。

塩沼

おそらく今残っている極限の行は、全て歴史と伝統に基づいていると思います。「危険な行為だ」と言われながらも、どこか極限の中で理に適っているところがあります。例えば四無行は、「九日間、飲まない、食べない、寝ない、横にならない」わけですが、これが十日だったら死んでしまうと言われています。

〜〜〜

茂木

そこで、以前からたいへん興味あることなのですが、修行僧の方々は、生命の輝きがとても強いように感じられるのです。
かつて永平寺を訪ねて曹洞宗の禅僧である南直哉さんにお会いした時にも思いました。厳しいスケジュールや質素な食事で毎日過ごされているにも関わらず、皆さん、肌が綺麗で内側から輝いていらっしゃる。

塩沼

南様は現在、青森県の恐山にいらっしゃいますね。

茂木

そうです。私にはそれが何とも不思議で、睡眠、食事が満ち足りて安逸な生活を送る人よりも、生命の力が漲っているというのは、どういうことなのでしょう。

塩沼

修行が、生命の理に適っているからではないでしょうか。
修行=苦行とイメージされる方が多いのではないかと思いますが、極限の行は別として、日々の修行は生活の原点に立ち返るものだと思うのです。朝起きる、勤行をして、掃除をする。ご飯をいただき、そして寝る。無駄のない生活ゆえに、精神も肉体も全て自然に調ってくるのだと思います。

〜〜〜

茂木

今お話をお聞きして、塩沼さんはある意味で「アスリート」に似通う面があると感じました。つまり、自分の状態を常に把握し、最高の状態に持っていかないと、行ずることはとても難しい。

塩沼

はい、そのとおりです。「行の一番のポイントは何ですか」と訊かれれば、私は「慎重さと勇猛さ」とお答えします。
ものすごく慎重に行動しなければいけない時と、全く逆に、石橋を叩かず振り返りもせず、一気に勇猛果敢に駆け抜けなければ事を成し得ない場合との両方があります。それを上手に判断して使い分けないと、大きな目標は達成できないと思います。

茂木

どんな分野においてもそれは大事なことですよね。ただ、その見極めが非常に難しい。塩沼さんは、その究極の判断を実際どのようにされていたのですか。

塩沼

私の判断基準は「無理をしない」ということでした。

茂木

なるほど、無理をしない。

塩沼

「無理」というのは「理に適っていない」ということです。
厳しい環境にある山の中では、人はあっと言う間に死んでしまうこともあります。ですから時として臆病者といわれようが、死んでしまい、愚か者といわれるよりはましだと思い、非常に慎重に事を進める場合もあります。

〜〜〜

その2に続く

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2008/05/21

江戸城に天守閣が無い理由 その二

その一からの続き


この保科正之について、月刊致知に対談記事が掲載されていた。
対談者は作家の中村彰彦氏と同じく作家の三戸岡道夫氏。

三戸岡氏
・名君として挙げられるのは、島津斉彬、池田光政、細川重賢。名君中の名君となると、保科正之と上杉鷹山。

中村氏
・名将は人数割で考えられる。八千人を一人で采配する上杉謙信、三千から五千の山岳ゲリラ戦の真田幸村、総司令官である織田信長。
・それに対して、「君」は戦が終わっての国家体制を運営する政治的技量。家康は名君の第一号。

中村氏
・明暦の大火で正之は御用金七万両を支出して庶民の救済に当たったが、天守閣だけは作らせなかった。「ただ世間を観望致すのに便利というだけの代物なれば、さようなものの再建に財力と人力を費やすよりも、むしろ町屋の復旧に力を入れるべきであろう。」という考えだった。


意外なことだが、この時の保科正之の志が幕末まで引き継がれ、現在まで天守閣は復元されていない。
政を考える上で、非常に参考になる事例だと思う。

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2008/05/19

江戸城に天守閣が無い理由 その一

江戸城、即ち現在の皇居は天守閣が無い。

当然だが、かつては城として立派な天守閣があったそうで、おおよそ五十乃至六十米の高さというから、法隆寺の五重塔より高く、大阪城天守閣と並ぶ高さを誇っていたと思われる。

その天守閣が焼失した明暦の大火というのが、1657年というから、今から約350年程前。
徳川家光没後6年で、四代将軍家綱が僅か十六歳という若さの時。
当然、この若さで政を取り仕切ることができる訳も無く、家光の時代からの重臣が支えることになる。

この明暦の大火は、三日間にかけて外堀の内側を殆ど焼き尽くしたと言う。この頃の外堀は、北は秋葉原からお茶の水、西は四谷、南は新橋、東は隅田川というから、現在の山手線と比べると、北側は狭いものの、東側に広く、むしろ全体としては広いのかもしれない。
死者は多く見積もると10万人というから、さながら東京大空襲か関東大震災に及ぼうかという規模の大災害だった。

この江戸の復旧に際して、幕臣の一人が「国家の財を費やすべき時にあらず」と天守閣の復旧に反対し、他の幕臣達がその考えの正しさに服したという話が残っている。

この反対意見を述べたのが、家綱の補佐役だった保科正之。保科姓を名乗っているが、徳川家光の異母兄弟であり、徳川の血を引き継ぎながらも、徳川、松平の姓を得ることができなかった不遇の人だ。


その二に続く

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2007/03/20

牛尾治朗さんと安岡正篤さん

日経ビジネスの巻頭に、牛尾治朗さんがいいことを述べられた記事があった。

牛尾さんはウシオ電機の現会長。姫路の大地主の家系で三代目に当たる。

金持ちは三代で滅びるという。
初代は苦労して一国一城の主になる。二代目は親父の苦労を見て育ったから、そのものを護ろうとする。
三代目は何の苦労もなく育ったから、簡単に財を食いつぶしてしまう。

しかし、不思議と、この牛尾さんには、そんな一般的な三代目の雰囲気が感じられない。
その理由のひとつとして、牛尾さんが若い頃から、安岡正篤さんに師事していたことが挙げられる。

そんな牛尾さんの安岡さんに関する経験と気持ちを述べられている。



東銀に入り、米国へ渡って国際金融の勉強をしたいと話すと、それまで黙って聞いていた安岡さんがおもむろに「あなたは to do good、つまり何か良いことをしたいと言うけれども、その前に、to be good でなければいけません」と仰る。何事かを為すためには、まず己を修めるのが先決だと言うのです。



何か尋ねごとをしたときのこと、安岡さんは深夜から何時間も書庫にこもって調べてくれました。知りたいことが解った時、空は白み始め、窓からは暁の光が差し込んでいたそうです。そして僕を呼んで嬉しそうに言う。「暁という字を"サトル"という意味が初めて分かったよ」って。
あの境地。僕もいつの日にか達してみたいと思います。


牛尾さんが三代目にも関わらず、こうした人であるのは、この安岡正篤さんとの交流が大きく影響していると思う。

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2007/01/29

神田明神と湯島天神の早朝掃除会 経験

(前回からの続き)

自分も掃除会には興味を持っていたので、友人が掃除会を企画運営しているということを聞いて、二も無く参加させていただいた。

実際に何度か、掃除会に参加させていただいて、気づいたことがある。

それは、「何も無いと思ったところでも、掃くと何かが出てくる」ということ。

一見、ここはもう綺麗だと見えるところでも、ふとした思いで竹箒で掃いてみると、不思議と小さな塵がどこからともなく出てくるのだ。

これは何を意味するのだろうか?

まず疑念を感じたのは自分の目に対して。

一見、綺麗なように見えるのは、自分の注意力が及ばなかっただけで、実際、そこは綺麗ではないのではないか。光の加減や塵の形状などで、一見、見えなかったものが、竹箒で掃くことで、見えるようになったのかもしれない。

だとすると、それは自分の注意力が足りないということであり、注意力を鍛えることで、見えなかった塵が見えるようになるのかもしれない。
つまり、掃除を通して、注意力を養うことができるのかもしれない。

次に疑念を感じたのは、いくら注意力を鍛えても、目で見ることができるものには限界があるのではないかということ。

つまり、そもそもそういった塵は目で確認することはできないということであって、言わば「見るだけでは物事は解らない。触ってみて動かしてみて、初めて解る。」ということ。

一見、綺麗にしか見えないところは、どう目を凝らしても綺麗でしかないが、実際に触ってみると、そうではないことに気づくことができる、という考えだ。

何事も見た目で判断してはならないというが、それが塵であっても同じということでもある。


この二つの考えのうち、どちらが正しいのか、まだ解らない。

別の友人にこの話をしたところ、この二つの考えは同じことを指しているのではないか、と言われたが、或いはこれが答えかもしれない。

また或いは、いずれも正解ではなく、別の答えがあるのかもしれない。

もう暫く、この掃除会を続けてみようと思う。

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2007/01/22

神田明神と湯島天神の早朝掃除会 宗教における掃除

(前回からの続き)

鍵山秀三郎さんや桜井章一さんのように、掃除の精神面の修養と捉えるのは、最近のことではない。

古くから掃除を修行と捉えた思想もあった。

例えば仏教。

仏教における掃除の位置づけは、多くの一般人に誤解がある。

恐らく多くの一般人は、掃除に対して前述のような、やりたくないものというイメージを持っており、寺院仏閣で掃除をしている若い僧侶を見ると、上位の者に命ぜられて、若手が掃除をさせられていると見るのではないだろうか。

しかし、実は仏門では掃除は重要な修行と位置づけられていて、修行を始めたばかりの最も下位(不適切な表現かもしれないが)の者は、掃除をさせてもらえないという話を聞いた。

つまり、ある程度修行を経た者が、掃除をすることを認められて、その修行の恩恵を味わうことができる貴重な経験なのである。

(経験に続く)

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2007/01/15

神田明神と湯島天神の早朝掃除会 鍵山秀三郎さんと桜井章一さん

(前回からの続き)

一般的に掃除というものは、「面倒なもの」、「手が汚れるもの」、「できればやりたくないもの」である。
自分の部屋を綺麗に掃除している人の多くにとっても、結果として自分の部屋が綺麗になるから、或いは、散らかっている部屋を人に見せたくないから、というのが理由だろう。
そういう人たちにとっては、掃除そのものは上記の一般的な感覚、つまり、できればやりたくないという気持ちを持っているのではないだろうか。

しかし、極一部だが、掃除に対して、これら一般論とは異なる見方をしている人たちがいる。

例えば、イエローハット創業者の鍵山秀三郎さん。

鍵山秀三郎さんは、会社の周りやトイレの掃除を誰に告げるとも無く、黙々と続け、その姿に啓発された社員が、これまた誰にも命ぜられた訳でもなく、自発的に掃除を始めたという。

今ではその活動は、社外にまで影響を持ち、「掃除に学ぶ会」という全国的な組織に広がっている。この「掃除に学ぶ会」というというのも、当然、自発的な集まりであって、鍵山秀三郎さんが集めたものではない。

その「掃除に学ぶ会」の基本理念は、下記の五点。

一 謙虚な人になれる
二 気づく人になれる
三 感動の心を育む
四 感謝の心が芽生える
五 心を磨く

つまり、掃除という行為が、心と結びついていることを説いており、かつ、その実践を継続している。

また、鍵山秀三郎さん自身、掃除については、こう述べられている。

もうだいぶ前に亡くなりましたが、手島郁郎という牧師ではないけれども敬虔なクリスチャンでキリスト教の教えを説いた方が、こういう言葉を残しています。
「心あるところに宝あり」
というのですが、私はこの言葉はすごいと思います。本当に、心があれば、それは宝物があるのと同じことだと思います。心のことで言えば、私の掃除も、環境をきれいにしなければ人の心はよくならない、という、全てはそれが原点なんです。


次に、鍵山秀三郎さんの友人でもある、桜井章一さん。

桜井章一さんは、元はプロの麻雀打ちで、新宿を中心に打っていた。
その著書によると、いつの頃からか、桜井章一さんの勝負強さや精神性を慕う若者が集まり始め、今では雀鬼会という集まりになっている。

また、いつの頃からか、鍵山秀三郎さんと交友が始まり、2年ほど前にはお二人で講演会もされている。

桜井章一さんは、こう述べられている。

僕は別に指示するわけではありません。ただ、道場での日常から、「準備・実行・後始末」と教えているだけです。

(宗教における掃除に続く)

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2007/01/08

神田明神と湯島天神の早朝掃除会

ここ数ヶ月、友人が毎月企画している、早朝掃除会に参加している。

これは基本的に、毎月第一土曜日の朝六時半から八時ぐらいまで、神田明神もしくは湯島天神に集まり、境内を掃き清めるという活動。

朝六時半というのは厳密なところではなく、遠方から来る人など、数分ないし十数分遅れて参加する人もいる。この点を責めることは無い。

実際のところ、遠方に住まわれている方で、始発で来ても遅れてしまうという人もいる場合もあるだろうから、この辺りは柔軟に運用されても問題は無いと思う。

掃除道具については、竹箒も塵取りも塵袋も、それぞれの神社のものを貸していただけるので、身一つで参加すればいい。
また、集まった塵の処分も、所定の塵置き場まで持っていけば済むので、これも心配する必要は無い。
ただ、硬い箒を持っての掃き掃除というのに慣れていない人は、軍手などを持っていくといいかもしれない。自分も最初、手にマメができた。

また、夏場はそれなりに汗をかくので、タオルも持っておくのがいいだろう。


次に、この「掃除」について考察してみる。

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