2006/03/22

何のために生きるのか

致知出版社主催の「何のために生きるのか」出版記念講演会に参加してきました。

稲盛氏のスピーチ

人はある程度のところで「利他」に目覚める。「利他」は「慈悲」とも言う。そしてそれは、「感謝」から生まれる。

「利他」を説く人は少なからずいるでしょう。しかし、その多くの論は、唐突に「利他」は「利己」よりも優れているから、あなたも「利他」になりなさいという内容。その前のステップとして、「感謝」を説いてるのは、非常に解りやすい。自分が参加しているコミュニティに感謝することが第一のステップというところです。

その稲盛氏も若い頃は、勤務先に不満を持ち、機会があれば、会社を辞めていたそうです。しかし、たまたまファインセラミックという新技術に没頭する機会を与えられ、次第に変わっていったとか。

その稲盛氏は仏教に強く興味を持たれているようで、65歳の時に、臨済宗で得度の儀式を受けたそうです。つまり、仏道に精進する修行僧としての第一歩を踏み始めたことになります。
氏の説く仏教の本質とは、「因果の法則」。氏自身は「法則」という表現は使っていなかったが、説く内容は、まさにこのこと。

過去の「思い」や「行動」が「因」となり、現在の環境などの「縁」と出会って、未来の結果である「果」に繋がる。つまり、いい因を残すことが大事。

いい因を作るには、

1.感謝すること

2.思いやること、利他、あるいは慈悲の心を持つこと

3.誰にも負けないぐらい努力すること

4.忍耐する心

5.悪いことをしない

の5つが必要。

また人生観については、このように説かれています。

社会に出るために20年間、準備する。そして40年間の社会生活を営む。残りの20年、これは死を迎えるために準備する期間。死ぬことで肉体は滅びるは魂は滅びない。この魂を磨くための20年だ。

五木寛之氏のスピーチ

心療内科に通う若い女性が多い。衆生病むが故に我病むという言葉があるが、現代は社会そのものが病んでいる。公害が発生した際に、繊細な人ほど病気になりやすいように、病んでいる時代には、心の優しい人の方が病む。

つまり、現在、心の病にかかっている人は、その人が異常という訳ではなく、社会の方が異常であり、その感受性の豊かさ故に、心の病にかかってしまったということ。
それを裏付けるように、WHOの統計によると、日本は文明諸国の中で最も多くの自殺者がいるとのこと。

また、これが五木寛之氏の特徴ですが、一方的なプラス思考を否定している。笑うことが抵抗力を強くして、その人を健康にすることはよく知られているが、悲しむことでも同じ効果が確認されています。雪国の木々が、雪に耐えるためにしなるように、人の心もやたら頑強になるのではなく、笑う時は笑い、悲しむ時は泣くのが、強さだと。

対談
五木寛之氏はある番組の関係で、インドを旅したそうですが、旅立つ前に稲盛氏にそのことを告げたところ、稲盛氏も以前から非常に行きたいと考えていたそうで、もう少しで一緒にインドを旅するところだったそうです。
五木氏の述べるゴータマ・ブッダの姿は非常に新鮮で、稲盛氏自身も強く感心を示していました。

インドはヒンズー教の国と言われるが、社会通例上、ヒンズー教を名乗らなければ不具合が多く、実は隠れ仏教徒がかなりの数に上る。その数は8000万〜1億人と考えられ、間違いなくインドは世界最大の仏教国だ。

また、ブッダ自身が教えたことと、今の日本に残る仏教は大きく異なる。

ブッダは35歳で悟りを開いた。その後のブッダの人生は80歳で亡くなるまで旅と辻説法の連続で、隠者ではない。また、その辻説法も農村の貧しい人にだけ向けられていたのではなく、むしろ都会の王族、貴族、資産家に向けて語られていることが多かった。

これについては、以前、このblogでも紹介しているように、原始仏典で説いている内容は、現代日本に残るような儀式染みた宗教ではなく、執着を捨てて、心を強くし、合理的に考えることを説いています。

また、この話に呼応して、稲盛氏から氏自身が托鉢に出向いていることを紹介されていました。
昨年秋には、四国松山から今治に掛けて托鉢と辻説法をされ、また今年の夏は東北方面を予定しているそうです。四国での托鉢は実際にン十万円の布施を集めたとのことで、一日二日の顔売りとしてなされたものではなさそうです。

最後に五木氏から聞きに来てくれた人に対して、「旅をするように」とアドバイスがありました。「遊行」という言葉があるが、まさにその効用があるということです。

ある意味、企業人である稲盛氏より、自由人である五木氏の方が、若干幸せなのかもしれません。

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